週報(2022.01.27)

もう今日はタイトル考えるのがめんどくなっちゃったので「週報」にしてしまいます、今後も「週報にしたりしなかったりしてよい」ということといたします、冒頭のお写真は先日久方ぶりに食べました「鶴亀(かっき)」の月見ローストビーフ丼です、無論本文に関係ありません

とうとう弘前もまん延防止策の対象地区となってしまい、友人たちと予定していた食事会に使おうとしていたお店が軒並み2月20日まで休業となってしまいました、たいへん悲しいです…

ただでさえコロナで不景気なお話ばっかりなのに、このうえおいしいものまで食べられなくなってしまったらいよいよ楽しみが減ってしまうというものです

だいぶ滅入ってしまいますが、こういう状況でのんきに過ごせる人となれればこの先相当な場面でも愉快に暮らしてゆけそうですので、しばらくはそっち方面に訓練しとこうと思います


自分が二十歳ぐらいのときに、「四十歳になったらなにしてるんだろう」だなんて考えもしませんでしたし、また想像もできなかったわけですが、それでもなんだかこの頃の時代の雰囲気というのは「予想よりズレた」みたいな感覚があります個人的に

小学校の頃から廊下の掲示物で「高齢化社会になる」というのも啓発されていたし、バブルの恩恵も受けるどころか就職氷河期だったし、この先大変なんだろうなーとかぼんやり思ったりしてましたけども、その一方で「21世紀だー」とか「戦後だー」とかいう話題によって、未来はちょっとずつ進歩していってエコロジーな感じになるのかなー、もう戦後だから平和だもんなー、とか同様のぼんやりぐらいで思っていたのがどうも違う雰囲気がする、と思うわけです

未来を読むだとかいうのはそりゃ無理な話ですけども、今の時代というのもまた、いつか未来の歴史の教科書に何行何ページかは載る場所であるわけです、その数ページ後にひどい話が書いてないことを祈るくらいしか特にやることはありません

時代の内側から見る景色、というのは、人ひとりの眼からすれば「見える範囲が狭すぎる」ためそこまでダイナミックなわけでもなく、だからこそ、「個人の範疇なら選択の余地はかなりある」ということなのだろうと思います、世の中全体から言ってしまえば「ほんの僅かな範囲」の部分、つまり自分自身が持てるほんのちょびっとの割合だけの責任が持てるなら十分それでよかろうよ、というわけです

インターネットやSNSの発展によって間違いなく時代は変わり、スマホやらなんやらでいろんな情報を受け取ることができるようにはなったとはいえ、デジタル化できる情報にはずいぶんと偏りがあるので、「偏っていない情報、かつ自分に必要なものをどうやって得るか」とか「デジタル化できる情報というのには偏りがあることをちゃんとわかって扱えるか」とか、新しいスキルが必要になるわけです

そんで、新しく覚えることがある一方で「人間は基本宙に浮かない」というようなほぼほぼ変わらぬこともあり、その中でどうやってバランスを取ればいいかと考えるならやはり、「それぞれ好きなようにやれ」というのに尽きる気がします、人の好みや耐性には個人差がありますし、最終的に自業自得になるようにしておくのが一番後悔しなくて済みます

というわけで、あまりどでかい話を考えたところで埒が明かないわけですので、ひとまず今週末はかぎ針編みでもしておけばよかろう、という感じです、在宅のお仕事だとか技術書の読書だとかでも過ごしておこうと思います、もう慎ましく生きますよ慎ましく、慎ましくすんのがイヤになったら美味しい料理でも思いっきり食べに出かけることにしますよ(セーブルがやっててくれればなんとかなりそうな気がする…)


今回は書くのに時間がかかった割にはずいぶん適当な話になっちゃいました、また来週もなんかしら書きます、よろしくお願いいたします~

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