東京

まなてぃさんがパルデンさんとご結婚なさった、というのを先程Twitterで見て、大変めでたいと思う次第であります、おめでとうございます

こちらはと言うと明後日の土曜日に夜行バスに乗って弘前に一泊してまいります、人間椅子の青森公演にかこつけての就職活動と物見遊山、月曜の夜行バスで帰ってきて火曜日からまた会社です

本日は多少弱っとりまして、自分への景気付けと情報整理のために比較的観念的な文章をひとつ

弘前に行った時、友達が数名出来まして、その数名の友達と過ごすうちに、私は結局東京と千葉とで三十余年も過ごしてきたくせに、なんでもないただの自分として気兼ねなく話すことができる友人というものを、一切作ってくることができなかったのだな、と気がついたのでした、もちろん東京にだって有難い繋がりというものはいっぱいもたせていただいているけれども、たぶん、私が芸人を辞めたり会社を辞めたりと、肩書きを外すようなことをしたらば、その後の時間の経過によってほぼほぼご縁は絶えはてるんじゃなかろうかと、なんとなくそんな想いがあります

何が悪かったとか誰のせいだとかの話では、全くありません、なんなら私は今不幸せでもないです、でも、何十年も暮らしてきてずっと出来なかったことが弘前ではいきなりあれこれ出来たりしてて、そしたらもう『私があれこれがんばってきた数十年は一体なんだったんだろう』ぐらいに愕然とするわけです、本当に私は、東京に選ばれることのない人間だったのだと

そんな人間が東京で生まれてそこらで数十年も「世の中とはこういうものなのだ」と思い込みながら暮らしてたという図式だったかもしれないと思うと、人生はかくも恐ろしいものかと思い至ります

「それはそれはで問題ない」とか言えるぐらいに希望ある展望を持てたからこそ良かったようなものの、縁がないもの、というのはほんと、個人の努力ではどうしようもないぐらい、どうにもならないもんなのだと今はなんだかそんな気分です

薄々わかってて、ずっと誤魔化していたものにも、だからもう気を使うこともない、結局縁のなかったということであるならばもうそれはそれで構わない、そうやって思いきってしまえたなら、この先ももう少しはうまいこと陽気に、ちゃんと楽しく過ごせそうな気がします、たしかに選ばれはしなかったんだろうけれどもそれでもこの街には沢山の恩がある、私をここまで仕上げてくれた、生かしてくれた恩がある

離れて仕舞えばきっと今まで以上になんもかんもは変わってゆくのだと思う、私だってこれからさんざっぱら変わるのだと思う、もっともっと豊かな仕事をし遂げるために

未来に『永遠』を望んでも仕方がないし、永遠は結局過去にしかない、過去は今更どうにもならない、ならばこそもっともっと変わって、今の時点で識らないもののさらにさらに先を識りたい

そーいうご縁だったのだ、がんばったんだけどダメだったんだししょうがない、次に呼んでくれるところがあるから、そこでさらに精一杯がんばってみたい、と、本日の結論はそんなところです、東京とのご縁がなくなったのも、弘前とのご縁が繋がったのも、どちらもほんとなんじゃないかと思います

ただそれでもやっぱりわからないのは、実際に弘前に行けるタイミングがまだあと一年も先にあること、今までは次が見つかったらすぐさま鞍替え出来ていたのに一年半以上も待つ羽目になったのはこれが初めてです、これまた仕方ないのでちゃんと待つつもりですけども、これにもなにか理由があるようなので、まずはきっちり過ごして行こうと思います、たぶんまた何かの勉強になるような感じがします

コメント